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蛸のサンダル 第34 話 バタフライと蛸とサンダルと

4⽉から連載を休んでいました。ごめんなさい。
独⽴起業して余裕がなくなったとか⾔うと、いままで余裕があったのかよ、とツッコミがありそうなのですが。
前回の終わりに書いた新しいプロジェクトが思わぬ⼤規模になって「新しい事業」をスタートすることになりました。会社⾃体が新しいのに新事業って何?という感じですよね。
最初に志した出版業の他に、業務⽤⾷材、主に⻘果(野菜とフルーツ)の卸売通販を始めることになったのです。平たく⾔えば、業務⽤の⼋百屋になるということ。この事業を始める準備を⽔⾯下でしていて、やっと発表できるタイミングになりました。

業種でいえば出版業と⼋百屋は全く関係がないように⾒えるけれど、たんに野菜や果物を売るだけではなくて、それがどんな⼈が作って、どんなもので、どんな味なのか、情報とともにプロの現場に伝えたい。そして時々は飲⾷業で働く若い⽅たちを産地に連れて⾏くツアーなどもしたい。⾷育の実学をプロ向けに、⽇々のお取引を通じてできたら意味があるかなと思って始めました。もちろん出版業も⾏ないます(製作中)。

「⾷」という地平線は連続している。今まで⾷の本を作ってきたプロである⾃分にとって、⾷を情報とともに流通させることは隣の領域に踏み⼊れることではあるけれど、全くの別物とも思っていないのです。世界は連続しているから。そこには必ずプロがいて、理解し合えるから。

今回の蛸サンは、⼭形県南陽市のワイナリー「グレープリパブリック」の醸造責任者である藤巻⼀⾂さんに2 ⽉に描いていただいて、保存していたもの。ナチュラルワインの新しいつくり⼿として話題の藤巻さんですが、レストラン業界の⽅には「サローネ」グループのゼネラルマネージャー、ʻ伝説のサービスマンʼの藤巻さんとご紹介したほうが、通りがいいかもしれません。

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藤巻さんはソムリエであり、レストランサービスマンとしてプロフェッショナルを極めた⽅です。ユーモアに溢れ、情熱的で物腰柔らかく、⼈の懐にスッと⼊っていく観察⼒と優しさをお持ちで、サービスマンとしての⾮凡な性質は、特にワインを勧めるシーンで現れます。嗜好が分かれるワインを、飲み⼿の味覚、好み、アルコール耐性の強弱、料理の好み、その時のテーブルの⼈間関係などあらゆる要素を瞬時に判断して選び抜く。料理⼈さんと密なコミュニケーションをとりながら、客席フロアを⼼地よくオーガナイズしていきます。
優れたサービスマンであることは、藤巻さんがいるフロアの温度でわかる。お客様の「楽しい」という気持ちが客席から熱量として充ちていて、レストランサービスマンとはレストランの「総指揮者」「マエストロ」なのだと強く感じます。

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ワイン醸造を始めた藤巻さんは「ものづくりがこんなに尊敬されるとは思いませんでした。ワインにサインしてくれと⾔われる。いままでどんなにサービスが良くても、サービスでサインを求められたことなんかありませんからね」と笑いながら⾔うけれど、デビューして数年も経たないうちにサインを求められるワインメーカーはそうはいない。

サービスマンからワインメーカーへ、全く新しい仕事を始めたように⾒えて、実はその地平は連続している。⼀つのプロフェッションの⾼みへ上った⼈は、連続する隣の⾼みへもひょいと移っていくことができる。もちろん⼀から猛勉強はするのだとしても、成⻑のスピードはまったくの素⼈とは⼀線を画している。真のプロフェッショナルとはきっとそういうものなのでしょう。

さて、⼤⼈の事情で、この素晴らしい「蛸のサンダル」コーナーを⼀旦終了することになりました。これまでご愛読いただいた皆様、並びにご出演いただいた皆様に、厚く御礼申し上げます。ル・プチメック/レフェクトワール創業者の⻄⼭さん、スタッフの皆様、⻑い期間に渡り、このような機会を与え、時間を共有していただき、ありがとうございました。連載の途中で勤めていた会社を辞めて独⽴起業する道を選んだ、その顛末さえ包み込んでくれた「蛸のサンダル」の存在に何より深く、感謝いたします。

アフリカで蝶が⽻ばたくと、北⽶でハリケーンが起こる。⼀⾒関係がない、ごくごくささやかな出来事が巡りめぐって世界を揺るがすような⼤事件になることを「バタフライ エフェクト」と⾔います。あの夜コラムを書きますと⾔ったことも、蛸サンと名付けたことも、皆さんに絵を描いてもらったことも、⼀つひとつはささやかなことだけれども、後々にあれが始まりだったと、きっと振り返る⽇が来るような、そんな予感がしています。

最後になりますが、蛸の絵を練習していた皆様、いつかどこかでまた再始動する時が来ましたら、その時は必ず描いてくださいませ。それまでは、しばしのあいだ御機嫌良う。⽂章は、柴⽥書店勤務改め株式会社anemosu 代表の浅井裕⼦でした。ありがとうございました。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

株式会社anemosu代表取締役。東京・新宿生まれ。食の老舗出版社に編集者として25年5ヶ月勤務したのち、退職。2018年10月に独立起業。日本の「食」と「大人とこどもの食育」をもっと楽しく深く広めることをテーマに、出版、情報サービス、教育サービスなどを通じて多角的にプランニングしていく予定。趣味はベランダ園芸と料理。血液型はO型、天秤座。