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「アイリッシュパブ」

東京に最初のアイリッシュパブが出来たのは1995年の春、六本木のパディフォリーズだった。昨年閉鎖された六本木の有名なロアビルの地下1Fで、建物正面の通りからのアクセスもよく、ダブリンのテンプルバーエリアのアイリッシュパブさながら、東京に住むアイルランド人達で毎晩にぎわっていた。その約半年後にオープンしたのが新宿ライオン会館2Fのダブリナーズだった。ダブリナーズはビヤホール・サッポロライオンの系列店として、その後、池袋、渋谷、赤坂、品川と店舗展開していった。
バブル崩壊後の円高と規制緩和を受ける形で外国産ビールの輸入量が増え、1994年の酒税法の改正により地ビールがブームとなった。そんな時代背景に後押しされ、日本に輸入され始めたドラフト(生)ギネスとともに東京のアイリッシュパブは誕生した。東京で初めて味わうドラフトギネスの味はアイルランドで飲むあの味とは少し違っていたが、それでも身近なアイリッシュパブがとてもうれしく、毎晩のように通った。
その後私自身、ダブリナーズ毎月恒例のレギュラーライブで演奏させていただき20年以上の月日が経つ。一番の思い出は、アイルランドから多くのサッカーファンが応援に駆けつけた、2002年サッカーワールドカップ。アイルランドから来たサッカーファン達は、自国の試合のない日には、アイリッシュパブに集まりパブリックビューイングを楽しみ、試合が終わると、どこからともなく誰かが歌い始める。そしてアイルランド音楽の演奏が始まると、まさにアイルランドのクラックそのものを一緒に楽しんだ。

リーマンショックそして東日本大震災以降、アイルランド人を含む多くの外国人居住者達が日本を離れ、2012年にはパディフォリーズが閉店したが、この数年はクラフトビールブームなどもあり、ギネスの知名度も格段と上がっている。都内では居酒屋などでもギネスを飲むことができるようになったが、やはりギネスは、生演奏の音楽と他愛のない会話を肴に、アイリッシュパブで飲むにかぎる。

今回で、こちらのコラム「パイント・オブ・ギネス プリーズ」は最終回となります。
勝手気ままに、マニアにしかわからないようなネタにお付き合いいただいた皆様、ありがとうございます。音楽・建築・焼鳥、そしてプロレスでも、気になった方は、ぜひダブリナーズ新宿店、第三木曜日の月例ライブで気軽にお声がけください。そしてその時は「パイント・オブ・ギネス」で乾杯しましょう! では、See you Soon!

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著者プロフィール
月刊連載『パイント・オブ・ギネス プリーズ!』毎月8日公開
icon_naga長濱武明(音響空間デザイナー・アイルランド音楽演奏家)

1992年に初めて訪れたアイルランドでアイルランド音楽と特有の打楽器であるバウロンに魅了され、以来十数回の渡愛の中で伝統音楽を学び、建築設計の実務も経験する。現在は音響空間デザイナーとしての業務をこなしながら、国内におけるバウロンプレーヤーの第一人者として国内外で演奏活動をする他、プロデューサーとしてコンサートやワークショップを主催している。
バウロン情報サイト バウロニズム https://www.facebook.com/Bodhranizm