title_simizu

月の本棚 四月
泣かない子供、泣く大人

「バターは塗るものではなく、つけるものだ。すくなくとも最初は固形なのだから。パンとバターに用いる動詞は『つける』か『のせる』であるべきだと思う」

昔、江國香織のエッセイ集『泣く大人』でそれを読んだとき、なんて的確な表現だろう、と思った。シンプルな言葉で、本物をみせてくれる。作家は職人だ。

『泣く大人』とタイトルが対になっている『泣かない子供』は、より初期の頃のエッセイ集だ。いずれも、炎上するかもしれないような危うい温度で書かれている。たまにそれらを読み返すと、古いアルバムのなかの見知らぬ自分に再会するような、そんな読書になる。先日はお風呂で。

「私は、昔、お風呂の中で父がつくってくれたタオルのおまんじゅうを覚えている」

という一文で、空気を包んで湯舟に沈めるそれの記憶がみるみる溢れだし、浴室の中に幻影を映しだした。しばらく、ぼんやりとしてしまった。

きわめて私的な読み方だけれども、感覚が似ているのを通り越して、エッセイに書かれた江國さんの父、母、妹、夫など、彼女をよく知るひとたちの彼女に対する言動が、わたしの父、母、妹、夫のそれらとシンクロすることがあるのだった。

母はそれをおもしろがって、当時雑誌に連載中だった江國さんのエッセイ『やわらかなレタス』を切り抜いては一言感想を添えて、送ってくれた。その素敵な文通は母が亡くなったことで中断されたが、翌年、本になったのを父が買ってくれた。その父も、もういない。大人になってから、甘い両親だった。

『やわらかなレタス』は平穏な気持ちで読めるエッセイ集だ。そのなかに「パンと不文律」という話があった。

「フランスパンは、何があっても、買ってきたその日のうちにたべる」というのが江國姉妹のきまりで、おいしいうちに食べなくてはならないという考えから、深夜であっても、台所に集まって食べるのだ。

「すべての家族は変態的である」と江國さんは『泣かない子供』に書いている。

家族も、その最小単位としての夫婦も、あるいは恋人も、それぞれ独特な関係性をもっていて、一般論で語れるものではない。他人の知らない、世間の理屈も届かない、ごく個人的なところにリアルはあるのだ。それを純度の高い視線でとらえ、絶対的な言葉に抽出したものが江國さんの作品だと思う。

大人は泣かないもの、子供は泣くもの、ではないのだ。
慣用に騙されなければ、世界はいつも真新しい。

c_mihoko03

『泣かない子供』江國香織著(角川文庫2000)
『泣く大人』(角川文庫2004)
『やわらかなレタス』(文藝春秋2011)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
All Aboutパン
Bread Journal
Bread Journal Facebook
Let’s ENJOY TOKYO