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第四回 映画『オマールの壁』

映画館にパンを食べに行った。

渋谷のアップリンクで上映中のパレスチナ映画『オマールの壁』。
劇中に出てくるピタパンが実際に食べられるイベントがあると知り、行ってきた。

上映前にピタパンとお茶が配られた。
ピタパンはパレスチナでフブズと呼ばれるそうだ。付属しているものは、ザータルと呼ばれるミックススパイス。ザータル(タイムの一種)と、ゴマやその他のスパイスをミックスしたものが、フブズを買うと付属品として現地では漏れなくついてくるのだそうな。タイムの野生種だというザータルは香りも濃厚で、抹茶に似た香りがした。オリーブオイルの香りと相まってフブズの小麦味をより甘くしている。今度、家でタイムとクミンとゴマを混ぜて、オリーブオイルなどもいっしょにつけて食べてみよう。

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『オマールの壁』は選択の映画だった。
生と死が隣り合わせにある究極の選択の前で、より生きのびる確率が高いほうを必死につかもうとする。でもどちらを選んでも結局は死にしかつながってはいない過酷さが不気味であり、パレスチナの現実を物語る。

オマールはパン職人としてフブズを焼く一方、イスラエルによって作られた分離壁(高さ十メートル以上はあるだろう)を乗り越えて恋人に会いにいく。愛国心に燃える彼は、幼なじみの2人と謀ってイスラエル兵を射殺するが、彼一人捉えられてしまう。刑務所で彼は拷問を受け、懲役90年か、「協力者」として仲間を裏切るかという究極の選択を強いられる。

この選択には逃げ道が存在するかのように見える。つまり「協力者」のふりをしてとりあえず出所し、またイスラエルと闘うという道である。だが、イスラエルの秘密警察の強力さの前で、可能性はすべて塞がれていく。主犯格の幼なじみをイスラエルに売らなければ、秘密警察の手によって自分が殺される。その幼なじみは最愛の恋人の兄である(だから売ることもできない)。オマールは不自然に刑務所から不自然に早く出所したことで裏切り者であるとパレスチナ人の間でも噂されている。裏切り者はリンチに合いパレスチナ人自身の手によって抹殺される。恋人が他の男と不貞を行っていることを秘密警察にほのめかされる。密告かさもなければ死か、という状況を秘密警察が作りだすことで、パレスチナ人同士が疑心暗鬼に陥り憎しみあうように仕組まれている。

どの選択も死にしかつながってはいないとき、生き延びられる可能性はあるか。ただひとつあることがこの映画によって示される。つまり、どれも選ばないという選択である。それは皮肉な偶然によって訪れるのだが…ここはネタバレになるので書かないでおくけれど、それが主人公をさらなる苦悩へと突き落とすのであり、パレスチナ問題が終わりなき不幸の連鎖としてあることを暗示する。

でも、私にとって、この映画はやっぱりパンだった。パレスチナでのピタ作りシーンがばっちり出てくる。ピタを焼く窯は、薪か石炭を燃やす石窯だった。窯の内部は左右に火が燃えていてそのあいだに生地を並べる。燃焼室が別にあるか、火を掻き出してから生地を並べるのが西洋では一般的なので、おもしろいものだと思った。窯の中でぷーっとおもちみたいにピタがふくらんでいるさまはやっぱりおいしそうだ。オマールが一人でもくもくと生地に向かうところは職人らしさが出ていた。

パレスチナでも職人とは寡黙でひたむきなもの、というイメージなのだろう。

 


著者プロフィール
月刊連載『月刊 池田浩明 やっぱりパンでした』 毎月3日公開

icon_ikeda池田浩明(いけだひろあき)

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。
パンを食べまくり、パンを書きまくる人。
パンラボblog(panlabo.jugem.jp/)、twitter( @ikedahiloaki )、朝日新聞デジタル「このパンがすごい!」でパン情報発信。
もっとおいしく安全な小麦を日本に広げるプロジェクト「新麦コレクション」代表。