日本の未来は正直者が生き残る?

今やみんなのバッグやポケットでは複数台のコンピュータが起動中の時代。

昨今話題の Internet of Things(モノのインターネット)の御旗の下にあらゆる日常道具がコンピュータ化・センサー化しはじめている一方、私たちに馴染みのあるパーソナルコンピュータにはまだ半世紀の歴史しかありません。

テクノロジーは、良きにつけ悪しきにつけさまざまな局面に大きな変化をもたらします。

私たちの知らない場所で(制御不能性)、新しい製品やシステムが(新奇性)、慣れ親しんだ日常生活を一変させつつあること(不確実性)は、多くのひとの脳にはその変化自体が大きなストレスであることは前回書いたとおりです。

しかし、情報革命以前のテクノロジーに眼を向けると、私たちの暮らしと生涯は圧倒的に良くなりました。

たとえば、飲食の仕事でもっとも大切な「消毒」という殺菌処理は、19世紀半ばになってようやく理解され普及したものです。

それ以前では、食べ物の腐敗や疫病感染は、菌や病原体ではなく悪霊や汚い空気の仕業とみなされていました。

乳児から高齢者にいたる感染症の死亡率を著しく引き下げた抗生物質にいたっては、第ニ次世界大戦中にようやく実用化されたものです。

もちろん、乳児死亡率が下がり、平均寿命が伸びたのはいわゆる先進国にかぎった話ではありません。

以下の講演動画では、私たちが学校の教科書で習ったような富める欧米系諸国と貧しい第三世界という図式はもはや神話でしかないことを鮮やかに示しています。
(日本語字幕は、動画右下の吹きだしのアイコンから Japanese を選択すると流れます。おもしろい講演なのでぜひご視聴してみてください!)

20世紀からの急速なテクノロジーの発展とともに進行したのはなんといってもグローバリゼーション、つまり、ヒト・モノ・カネ・情報の地球規模の交流でした。

それは、鉄道の敷設や自家用車の普及をはじめとする海運・航空・電信技術の進展の結果であり、また、テクノロジーの研究開発が莫大な予算と人員と才能を必要とすることによるでしょう。

もっとも、グローバル化という今日最も重要な社会現象は、日本ではあまり適切に理解されていない節があります。

たとえば、ビジネスシーンや大学教育のスローガンになりがちな「グローバル人材」という言葉をとっても、極端な話、海外の英語圏に出稼ぎにいくという視点はあっても、自分たちの企業組織や地域社会をグローバル化させるという視点がありません。

実際、日本の移民人口比率は、OECD諸国中ほぼ最下位の少なさです。

少数の欧米諸国がひとり勝ちしていた明治時代とは違い、世界中の企業がより有能な人材を、より安価な人員を地球規模で探している時代では、事実上の鎖国状態の社会はナンセンスというほかありません。

とりわけ、私たちの日本はいわずとしれた超高齢社会。

今の英国経済にポーランドなどからの出稼ぎの中東欧移民が貢献しているように、シンガポールが国を挙げての高技能労働者の招致に成功しているように、あるいはエストニアのようなIT実験国家を目指すにせよ、私たちの企業組織や地域社会自体がグローバル化しなくてはあかるい未来はありえないでしょう。

というのも、日本の輝かしき躍進の時代、高度経済成長期とは、戦後のベビーブーム世代による労働者人口の急増期でもあったのですから。

巷でいう「勤勉な国民性」や「高い技術力」が日本社会の武器であったとしても、働き手が少なければ用をなしません。

もちろん、ヒトのグローバリゼーション、地域社会や企業組織におけるメンバーの多様化は、それぞれの常識や慣習が異なるために無数のコミュニケーション摩擦を生みだします。

私が思うに、日本社会が全般的に外国人の流入を避けてきたのは(そして、と私は付け加えなくてなりませんが、先進諸国と比較して女性の社会進出が大変遅れているのは)、この摩擦を極端に「面倒くさい」とおそれているせいです。

元英国人金融アナリストで、今は創業300年の歴史ある小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソンさんによれば、日本人企業の生産性の低さや非効率性の最大の要因は、極端に「面倒」を避ける独特なメンタリティです。

面倒だから、自分の考えが正しいとおもっても主張しない。

面倒だから、非効率的なプロセスを改善しようとしない。

面倒だから、新しい人材のカルチャーに配慮したり職場に溶けこめるように教育しない。

人間関係の「面倒」を理由に議論やアクションを避けたことはだれしも覚えがあるのではないでしょうか。

いずれ、日本社会もなんらかのかたちで多様な文化と国籍のひとたちと積極的に働いたり暮らしたりするときが来るでしょう。

そのときに活躍できる人材とは、「面倒くさい」の思考停止を打ち破り、率直さと正直さでもって建設的にコミュニケーションできるひとかもしれませんね。

我慢や遠慮、気遣いといった日本の美徳は、残念ながらそれらを共有しないひとたちには不信感しかあたえないのですから。

今回ご紹介するのは、ノルウェーのミュージシャンでありプロデューサーでもある Lido 。

ピアノの弾き語りからヒップホップのラップまでこなす彼ですが、近年ではほかのミュージシャンのプロデュースやリミックス、あるいは Trippy Turtle 名義でのダンスミュージックの発表により世界的な注目を集めています。

こうした若くしての多才さがなんとも現代的ですね!

京都スタッフ 緒方勇人
http://engineerism.com/