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第1話 蛸

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わたしはだらけていた。やる気はない。日がなダラダラしていたかった。職業は編集者、不規則のカタマリのような仕事。ちょうど仕事のピーク(いわゆる締切)がすぎ去り、疲労困憊していた。自分としては何とか次の仕事のリズムに乗せようと、運動をしたり料理をしてみたりしたのだけど、まったくリフレッシュ効果がない。
だから、男友達に電話をかけた。つまらないよー、と愚痴を聞いてもらうつもりで。

つまり?と彼はたずねる。物知りで愉快な年上の悪友。こんな気分の時も、嫌がらずに聞いてくれるのがありがたい。
「退屈なの」
と、わたしが言う。
すると彼は「サヴァノスリッパ?」と呪文を唱えた。
え?いま、なんておっしゃいました?
「だからさぁ、退屈なんだろ? 鯛の靴、鯖のスリッパだよ」
ぷっ、鯖のスリッパ??? わたしはただただおかしくて笑い転げる。
「鯖のスリッパ、蛸のサンダル。なんでもできるぞ」

それからというものの「退屈」と思う瞬間に「鯖のスリッパ」「蛸のサンダル」という謎のフレーズが浮かんできて、わたしはなんだか笑ってしまう。ああ、もう、これじゃあちゃんと「退屈」できないじゃん! へんな魔法をかけられちゃった気分。

というわけなので、このコラムのタイトルは「蛸のサンダル」です。

どうか、ものすごく退屈した時にでも読みにきて、8本足の蛸がサンダルをはきたがるシーンでも思い浮かべ、笑ってもらえたら何より。なごんでもらえれば何より。面白いことが書けるかわかりませんが、ばかばかしくも、ゆる〜く、無駄な時間っていうのもいいと思うんですよ。

ところで・・・・。
著者アイコンにイラストが必須と聞いた気がして、それもタイトルバナーに使うものだと思い込み。代官山のカフェ・ファソンでコラムの話をしたら、店主のオカウチさんが「あ、この人に描いてもらえば?」と言うので、そんな簡単にいくの?と思ったら、やっぱり簡単じゃなかった。

写真は、某日にわかに「蛸のイラスト」大会になったカフェ・ファソン ロースターアトリエ。

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たまたまお店にコーヒーブレイクに来ていた映像ディレクターのヒラハラさん。最初、電話で知り合いのデザイナー氏に発注しようとしたが、わたしが提示した報酬が安すぎるということで却下され、自ら挑戦中。すみませんねえ、初対面なのに、安くて、無茶ぶりで。

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できあがりはこんな感じ。ヒラハラバージョン。途中まで口が描いてあったが、わたしがそれを気に入らず「口いらない」と言ったので、ヒラハラさんは恐縮しながら「すみません、蛸の口をよく見て描いたことがないもので、、、消します!」と消してくれた。なんていい人だ。ちなみにヒラハラさんはわたしが誰かご存知じゃありません。オカウチさんが「お寿司屋さんの看板娘」と紹介したのをいまでも信じているかもしれない。

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次にお店の黒板にリアルなコーヒーの絵を描いているO嬢も蛸の絵を描き始めるが、、、。

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こ・・・、これ・・・、前衛的すぎない?ていうか、コワくない?!左上なんか、蛸なのに足に指があるよ!もはや火星人?

お二人とも残念ながら採用に至らず。
しかたなく、わたしが描いた蛸の絵をとりあえず掲載していただきます。あくまで、しかたなく。われこそは!という方は、蛸のイラストをお待ちしております。サンダルつきで、よろしくね。ここに掲載してもらって、たくさん集まったら、カフェ・ファソンで「蛸のサンダル展」でもしましょう!(遠い目標)。

さて、蛸の足は8本。烏賊は10本。ところが、例の物知りの悪友によると烏賊の10本の足の2本は足ではなくて腕らしい。
「蛸の足も2本は触腕といって、腕なんだ。どうやって見分けるか知ってるか?」
その見分け方というのは?
「頭をボーンと叩くと、蛸がイテテッと言って2本で頭をかかえるんだ。それが腕」
えー、うっそーー。

嘘かまことか、蛸のお話、でした。


著者プロフィール
月刊連載『蛸のサンダル』毎月6日公開
icon_asai浅井 裕子

出版社 柴田書店勤務。外食業担当からキャリアをスタートし、料理技術、宿泊業、製菓製パンなど幅広いジャンルをカバーする食の編集者。パティシエの小山進さんや辻口博啓さんの書籍などを担当。「mook 洋菓子材料図鑑vol.4」編集長、「mook The Coffee Professional」編集長など。趣味はベランダ園芸。今夏はジャガイモとナスを栽培中。