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月の本棚 七月 魔法の夜

月の光でお読みください。
と書いてある。「月の本棚」に置く本だ、と思った。

『魔法の夜』の舞台は半世紀前のアメリカ。満月間近の夏の夜、眠らずにいるさまざまな年齢の男女の一晩の出来事が、月に照らされて次々と浮かびあがってくる。それは舞台劇のようでもある。

照明は月。背景には高速道路の音や虫の声に混じって、聞いた者を戸外に誘い出すような、暗く甘美な音楽が流れている。ある人はそれを「すべての終わりの音」と言い、ある人は「いまにも思いだしそうな何かに似ている」と感じる。きっと、月明かりを聞いたのだ。

もう10年も書き上がらない小説を諦めきれない39歳の男は、母親のような年齢の女を訪ねる。女は片手にワイン、片手に煙草を持ち、キモノを羽織っている。会話はとりとめもないが、月のように冷静だ。

黒い仮面をつけた女子高生の盗賊団が噂になっている。彼女たちは鍵のかかっていない扉から家に侵入し、冷蔵庫のマグネットなどつまらないものを盗んでは、去る前に居間に座って置き手紙を残していく、その行為を愉しんでいる。

この晩は一人暮らしの女の家に忍び込み、鉢合わせしてしまうのだが、変わったおばさんで、彼女たちの訪問を喜んでもてなしてくれる。月に照らされた暗い居間でかける古いプレーヤーからは、メリーゴーラウンドのように哀しく快活な音楽。目を閉じて微笑んでゆっくりと回りだす、おばさん。狂気のひとつうわ手を行く狂気。

そうした出来事が明け方まで淡々と続く。
美しいマネキンに恋をしている男がいる。一方で、解放を夢見ているマネキンがいる。外で着ているものを脱いで無防備に月光浴をする少女がいる。「おもちゃのチャチャチャ」の歌のように動き出す人形たちがいる。茂みで密会する若い恋人たちがいる、そんな月夜。

この本を「絶好のミルハウザー入門」、と訳者の柴田元幸さんは言っているが、好みは別れそうな気がする。私がミルハウザーを初めて読んだのは、『マーティン・ドレスラーの夢』だった。葉巻売りの少年がニューヨークのホテル王に成り上がり、さらにその先に行ってしまう物語に夢中になった。『魔法の夜』は短く詩的で、それほどハイな気分にはならない。でも、詳細に描くことで非現実的なものまでリアルに見せてくれる、ミルハウザーの幻術は、いずれの物語にも共通する独特な魅力だ。

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『魔法の夜』スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳(白水社2016)
『マーティン・ドレスラーの夢』 スティーヴン・ミルハウザー著 柴田元幸訳(白水社2008)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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