木村衣有子さんのこと。

こちらでもご紹介した通り、11月11日に木村衣有子さんの新刊 「コッペパンの本」が刊行されます。
ぼくもインタビューをしていただいたこともあり、一足お先にこの「コッペパンの本」をお送りいただきました。

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実は木村さんは、うちの店が創業して間もないころからのお客様であり、彼女のデビュー作である『京都カフェ案内(平凡社)』でも、ぼくがインタビューをしていただいたというご縁。
と書いたけれど、実際にはそれ以前からのお付き合いになる。
後述するけれど、彼女がまだ学生で文筆家になられる以前、彼女はとてもお洒落でクオリティが高く、今読み返しても驚くほどおもしろいリトルプレス『nounours』『marie madeleine』を発行されていて、その中で当時まったく無名だったうちの店を取り上げていただいたのがはじまり。
今回、「コッペパンの本」を執筆されるにあたり、彼女のデビュー作以来15年振りにインタビューをしていただいた。
京都までお越しいただき15年振りにお会いした彼女は、お世辞でも何でもなく当時の印象そのままで、ぼくは驚くと同時に自分だけがおじさんになったような気がして、ちょっと恥ずかしくもなった。
ぼくに語彙が乏しいために上手く表現できないけれど、彼女は書かれる文章やその視点と同様、一種独特な間というか雰囲気を持たれた方で、それも昔とまったく変わることなく、”あの木村さんだ” とぼくは嬉しくなった。
彼女にお会いになったことのある方なら、きっとわかってもらえると思うんだけれど。
そんな彼女の新刊 は、タイトルこそ「コッペパンの本」とそのまんまなんだけれど、その中身は ” やはり木村さん! ” と言いたくなるような彼女の視点と一種独特な雰囲気が漂う文章の印象を受ける。とても僭越な書き方になるけれど、もちろんこれらはすべて褒め言葉。
やはり彼女の書かれる文章を伝えるには、ぼくでは役不足だ。そして彼女ご本人の雰囲気を伝えるのにも。きっと彼女の著書を読んでいただいた方が早い。
そんなわけで、木村さんのファンの方々はもちろん、コッペパン好きの方もそうでない方も是非読んでみてください。

コッペパンを作って良かったです。
木村さん、ありがとうございました。

 

以下の文章は、3年前にぼくがFBに書いたもの。

『marie madeleine』
この名称を聞いてピンとくる方は、ぼくが繋がっている方の中では恐らく岡本さんくらいだと思われる。他にいらっしゃるとすれば、Siphon Graphicaの宮下さんくらいか・・・

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『marie madeleine』これは、ぼくにとって、と~ても思い入れの深いzineなのです(写真のものは、創刊号と4号のもの)。
この創刊号が刊行されたのが1999年11月だから、うちの最初の店がオープンして丁度1年を過ぎた頃になる。
これを作られていたのは、今や何冊も本を出され、売れっ子の随筆家になられた木村衣有子さんと現在も珈琲&喫茶にまつわる小冊子「甘苦一滴」を編集されている田中慶一さんのお二人で、当時はまだお二人とも学生さんだった記憶がある。
実はこのmarie madeleineには、前身となる「nounours(ヌヌー)」というフリーペーパーがあり(これも珈琲とフランスについてのあれこれ)、これを約1年間続けてこられたという経緯がある。
このnounoursの頃に木村さん、田中さんがお客様として来られ知り合い、nounoursをうちの店に置くことになった。
nounours後期には『Le petitmecで朝食を』というタイトルで、うちの店を取りあげて下さり、とてもとても嬉しかった記憶がある。
そんなある日、お二人が来られ、「nounoursからmarie madeleineという小雑誌にバージョンアップするため、広告を出して欲しい」という依頼を受けた。
うちの店は、創業した時から「有料広告を一切出さない」と決めていて、それは今も基本的には変わらないし、今後も出すつもりもない。
最初の数年間は「出さない」というより赤字まみれで「出せない」というのが実際のところだった。にもかかわらず、ぼくは木村さん、田中さんに「出します!」と即答した(と思う)。
木村さん、田中さんに強引に説得されたわけでもなければ、もちろん脅されたわけでもない。刊行が1年に一度ということや、広告費が安かった、お二人と仲良くなった・・・といった理由はもちろんあったと思うけれど、当時のうちの店は大袈裟でなく、いつ潰れてもおかしくない様な状態がずっと続いている真っ只中だった。それでも「出します!」と応えたのは、やはり「こんな良いものを作ってられる人たちなんだから、世に出て欲しい」という思いからのささやかな応援の気持ちだった様な気がする。
田中さんが、いまも編集、刊行されている「甘苦一滴」にうちが唯一有料で広告を出させていただいているのは、この時のご縁があるから。そんな15年も前のmarie madeleineを今朝、かなり久しぶりに出してきて読んでみた。
彼らが「コーヒー」や「フランス」といったある種、時代に関係なく普遍的なものをコンセプトにされていたからかもしれないけれど、それを差し引いてもぼくには古く映らないどころか、いま読んでもとても面白いし、やっぱりお洒落。
いま思えば、「あの若い人たちがよくこれだけクオリティの高いもの作られていたな・・・」と驚いていたら、もう一つ個人的に驚きが。

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marie madeleineの中の連載「珈琲けもの道」の題字を書かれていたのは、rilax時代の岡本仁さん(Landscape Products)だった。
渋谷の店以降、Landscapeさんには大変お世話になっているのももちろんだけれど、岡本さんのお宅は渋谷の店のご近所であり、ご夫婦で常連さまでもある。
店を始めて15年を経て知り合った岡本さんの名前を15年前の、それもまだ無名だった若い方たちが手掛けられたzineで、15年後に目にするとは・・・人の不思議なご縁を感じずにはいられない。
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写真は、marie madeleineの中身、うちの店が出させていただいた当時の広告。

 

marie madeleineをつくられていた木村衣有子さんは、その後、本格的に随筆家としての道を進まれることになる。
marie madeleine創刊から2年後の2001年に刊行された彼女のデビュー作が写真の『京都カフェ案内(平凡社)』。
京都の老舗名喫茶店であるイノダコーヒーさん、ソワレさん、六曜社さん、進々堂さん、またエフィッシュさんといった名店に並び、新参者でこの時点で「まだいつ潰れるかわからない状態」のうちも掲載していただいている。
それぞれのお店のオーナーのインタビューとエッセイで構成されている本書は、ぼく個人にとって初めての「インタビュー」でもあった。
いまでもそうだけど、取材やインタビューの場合、記事の校正段階で「あれ、ニュアンスが変わってる・・・」、「あれ、こんなこと言ってないのに・・・」といったことが本当に多い(特に雑誌の取材)。
木村さんにインタビューしていただき、録音されたものを活字として興された本書は、“まったく校正する必要のない” いま思っても希有な取材だった。
この時からもう12年も経つけれど、ぼくの話すことは基本的にいまも変わらない。
本書のインタビューの中でも「料理がしたかった訳でも、パン屋がしたかった訳でも、カフェがしたかった訳でもないんですよ。」「何でも良かったんですけど・・・」と話してるし。
参考文献のページに “『ル・プチ・メック』万歳!” と著者の私情を記されていたのには笑えたな。

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。