今夜、すべてのバーで 6.

前回のつづき
ワインをグラス2杯で階段から転げ落ちたぼくだったけれど、そういえば中島らもさんが亡くなられたのも、飲みに行かれたお店の階段から転落されたのが原因だったなぁ。らもさんが最後に飲まれていたのは何だったんだろう。勝手な想像だけれどワインではないような気がするし、ワインであって欲しくないという妙な思いもあったりする。
“ワイン” というのは、どうもぼくの脳内で “アルコール” という言葉にすぐに変換できないイメージがある。つまりワインというのは、ぼくにとっては上品なものであり、とってもお洒落さんなイメージが強い。男性なら食通で知的で紳士な方が飲まれている姿を想像するし、女性なら綺麗な方を単純に想像してしまう。どう想像しても “泥酔” や “アル中” といったイメージとは結びつかない。だからぼくのようにワインを飲んで駅の階段から転げ落ちるなどというのは、我ながらワインのイメージに対する冒涜とさえ思えてくる。 ”ワイン” からぼくが連想するお店にしてもレストランやワインバーだし、それも都会のビルの高層階やホテルにあるスタイリッシュなお店を思い浮かべてしまう。

そういえば昔、木村拓哉さんが出演されていたウイスキーのかっこいいCMがテレビで流れていて、その時のコピーが「ウイスキーをオヤジと言ったのは誰だ。」というものだった。

こういった逆説的なコピーを使われるということが、そういう時代になったんだということを象徴している気がしたものだった。

だけどぼくが若い頃に憧れ惹かれたのは、バーボンも含めたウイスキーなどの “アルコール” というイメージのお酒だったし、お店もスタイリッシュなものでなく、どちらかといえば場末のバーといったイメージの方が近かった。
何だろうなぁ、ぼくの惹かれるお酒やバーというのは、ワインのようなお洒落なものでなく、もっと男っぽく、昭和っぽいもののような気がする。
昔、藤原伊織さんの「テロリストのパラソル」を読んだ時にも主人公であるアル中のバーテンダー 島村圭介に憧れ、 ”いつか、アル中のバーテンダーになりたい” と結構本気で思ったりしたこともあった。

ぼくが若かった頃というのは、どこか廃退的なものや刹那的な生き方に惹かれたり憧れる部分がまだ時代的にも残っていたんだと思う。ミュージシャンや役者さん、作家さんにもそういったことが美徳といった風潮はあったと思うし、そこには必ずというほど、バーやお酒、タバコといった装置があった。
時代の変遷とともに昔はかっこいいとされていたものがそうでなくなり、本物のスターもいなくなり、世の中の男性の多くが女性的になっていった気がする。個人的には、これらの大きな要因もネットの登場による情報のスピードが早くなった部分が大きいと思っているんだけれど、それによって世の中は昔より健全で、実際に健康になったとさえ思えるし、何よりも便利になった。それはミュージシャンも役者さんも作家さんも一般の人たちも。
もちろん良いことなんだけれど、不便な時代を通ってきた人間としては、ちょっぴりつまらない時代になったんだなぁと思ったりもする。

つづく

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。