独立した元スタッフとの話。3.

前回のつづき
“それだけで足りた時代、成立した時代” というのは、美味しいお店も今ほど多くなかっただろうし、そもそも競合するお店自体が少なかった。だから少しでも美味しければ、そこまで足を運んでもらえたという時代背景による追い風があったと思うし、またそれは集客面だけでなく、労働力の確保という面でも同様だったんだと思う。お店が少ないということは、働く側からすれば選択肢が少ないわけで、料理であれ、お菓子やパンであれ、本当にそのお店でしか習得する機会がないのであれば、少々のことがあっても我慢をするしかなかった。だからあれもこれも一括りにして使われる広義での「修業だから」というセリフというのも “それだけで足りた時代、成立した時代” だったからこそ成立したのであって、お店が増え人口が減少していく今の時代に、それをそのまま踏襲しようとするのには当然無理があるような気がする。
ぼくが最初にお世話になった料理のお師匠さんは、とても口が悪いけれど正直な人で、先輩とぼくに面と向かってこう言われたことがあった。

「お前らは、ワンルームマンションみたいなもんや。マンションは入居者が入れ替わったら礼金が入ってくるやろ。だから回転してくれた方がありがたい。家賃と違ってオレは給料を払う側やけど、お前らもある程度で回転してくれて若い奴が入ってきてくれた方が人件費が安く済んで助かる。」

なんて馬鹿正直な人なんだろ・・・と驚いたものだったけれど、別のお店のシェフたちも同様のことを話されていた。

「うちは店が2軒あるので、合わせるとポジションが6~7つあるんです。スタッフにはそのポジションを3~5年間ほどで一巡させます。」

「すべてのポジションを回られたスタッフさんは、どうされるんですか?」

「『うちではすべて教えたから、あとは独立するなり、他所でシェフを目指しなさい。』と言います。それ以上、うちにいてくれてもお給料も上げれませんし。」

ぼくのお師匠さんのような暴言か否か別として、本質的には同じ意味なんだと思う。そして、先輩からこれを “肩たたき” と呼ぶんだと教えられたこの時に、 ”これが個人商店の限界なんだ” とぼくは認識するようになった。
約30年前、ぼくが19、20歳の頃の話。

つづく

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。