“小さくて強い店” を考えてみた 3.

前回のつづき
昨日、ぼくの思いつく “小さな店をすることのメリット” などを書いてみたけれど、自分で書いていながら ”やっぱりこの程度か・・・” というのが正直な気持ちだった。こう書くと、昨日のブログを読んでくださった方は、”あれれ・・・” と思われるかもしれないけれど、この話の最初にぼくはこう書いている。

「ぼくは以前からこの “小さくて強い店” というザックリとした括りに違和感を覚えていて、正直に書くと懐疑的な見方さえしている。」

そう、ぼくは 「小さな店 = 強い店」とは決して思っていない。なんだか、めっちゃ嫌われそうなことを書いているような気がしないでもないけれど、本当にそう思っているんだからこればかりは仕方がない。
昨日書いたような “小さな店をすることのメリット” や “小さな店の強さ” といった耳障りの良いことを書き続けている方が、きっと共感もされやすいんだろうなぁとは思うんだけれど。
前回書いたこと以外にも探せば “小さな店であることのメリット” や “強さ” というのはあるかもしれないけれど、仮にあったとしてもそれらの多くは感情論や精神論に属するものなんじゃないかと思っている。そしてそのほとんどは店をやっている側の “そうであって欲しい” という希望的観測で、そこには恐らく根拠らしい根拠もなく、あるとすれば ”昔からそうやってきたから” “そういうものだから” “頑張ってさえいれば、きっと上手くいく” といった類いの抽象的なものなんじゃないかと思う。
やはりそこは、自分が見たいと思う現実や理解できる現実しか見ようとしないのが人だから。

“他人の成功事例を聞くよりも、失敗事例を聞いた方が参考になる” といったことをよく耳にするけれど、それなら耳障りの良い抽象的な感情論や希望的観測だけで店を始めるよりも、考え得るリスクやデメリットを想定し、それをわかった上で始めた方が良いんじゃないかとぼくは考える。つまり、フタをしたくなるような臭いものにフタをせず、何なら進んでフタを開ける。どれだけ考えすぎても思い通りになることなんてまずないんだけれど、それでも考えないよりは考えた方がリスクに対する受け身の準備にもなる。もちろん何をするにしてもゼロリスクなんてことは有り得ないんだから “リスクがあるから踏み出さない” では本末転倒だけれど、今の時代、どの業界であっても過去の成功事例を踏襲しているだけではやっていけないという現実が、昔は正しいとされていたことが今も正しいとは限らないことの証明だとも思うし、それなら少しだけ先回りして起こり得ると思うことを想像するくらいは必要な気がする。
闇雲に頑張りさえすれば小さな店を守り続けることができたという幸せな時代も確かにあったと思うけれど、恐らく今はそんな容易な時代でもない。
ソフトバンクの孫正義さんは、社員に向かって「脳がちぎれるほど考えろ。ちぎれるほど考えても脳はちぎれない。」というのが口癖だったと読んだことがある。いやはや、あそこまでのことをされる方というのは、やはり言われることもすごいなぁと思ったものだけど、もしも考えることをやめたり、変化を受け入れることを望まないような人であるなら、やはりそういった人は “小さな店” であったとしても、きっとやらない方がいいとは思う。まぁ、大きなお世話なんだろうけれど。

つづく

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。