“小さくて強い店” を考えてみた26.

前回のつづき
「これは、〇〇さんのをパクリました。」「それは、△△さんがされていたのを真似してみました。」といったことを、ぼくは平然と言う。言うどころか昔は、パンやサンドイッチのプライスカードの説明書きにまで書いていたこともあった。だから、食べものの職人さんなら多くの方が読まれているであろう有名な専門誌にうちの店を掲載していただいた際にも、パンの写真と共に「〇〇の△△をパクリました。」という大きな文字が載ったことまである。

そういえば数年前、杉窪さん(365日、15℃)と知り合ったばかりの頃、その記事のことを憶えてられた杉窪さんから「パクリましたって・・・あれは衝撃的だった。」と言われ、「本当のことだから」としか返す言葉がなかったんだけれど、それからしばらくの間は杉窪さんと会うたびに「パクリましたって・・・」「それを言っちゃう西山さんて・・・」と何度も驚かれ(呆れられ)たものだった。
そりゃ、あれだけオリジナルであることにこだわり、唯一無二であろうとされる杉窪さんには、ぼくのような思考は皆無なんだと思う。でもね、ぼくは50年近く生きているけれど、友達の少なさを差し引いても杉窪さんや秀島さんのように「0から1」を生み出すような才能のある人って、殆ど会った記憶がない。そういった人というのは、きっと一握りの人なんだと思う。それこそ杉窪さんが独立されるまでシェフをされていた店名 d’une rarete と同じで。

だから杉窪さんや秀島さんがオリジナルな曲を創作する作曲家だとしたら、ぼくのやっていることは恐らくサンプリングに近い。あっちからはこれを、こっちからはあれをと、元ネタを持ってきて新しいもの(別のもの)を作る。それは商品だけでなく、ぼくの店づくりも同じで。

ぼくが子どものころは、「あの曲(歌謡曲)は、洋楽の〇〇のパクリだ」と、”盗んだ” という悪いニュアンスで耳にすることがあった憶えがあるけれど、皮肉屋の2人組が全曲サンプリングが使われているという最後のアルバム『ヘッド博士の世界塔』を91年に発表したり、ヒップホップが流行り始めたころから、単に “パクリ” と呼ばれていたものが一般的にも “サンプリング” という言葉で見聞きするようになった気がする。また、変わったのは言葉だけでなく、 “パクリ” という悪意を持った呼び方をされていたものが、サンプリングという “手法” となったことで、「それもアリ」という空気になったようにも思えた。
考えてみれば、ポップアートだって既存のネタからコラージュしたものが作品として評価されているものはたくさんあるし、もっと身近なところに目をやっても、現代の一流シェフが作られる前衛的な料理が古典の再構築であることも少なくない。

音楽の世界は未だに著作権云々の問題はあるみたいで難しそうだけれど、語弊承知で書けば、ぼくら食べもの屋の世界には著作権といった法的な縛りはないんだから、どんどんサンプリングをすればいいと個人的には思う。もちろんそこに元ネタに対する尊敬の念は必要だと思うし、完コピ、丸パクリをしているようでは、ぼくでさえ何が楽しいのかわからないけれど。

「0から1」を生み出す才能がなかったとしても、”お店としてなら” 自分の居場所をつくる方法は、まだまだある気がする。

つづく

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。