“小さくて強い店” を考えてみた28.

前回のつづき
少し前、伊勢丹新宿店さんで開催された「世界を旅するワイン展」の会場で、空想サンドイッチュリーの屋台の展示と書籍の販売をさせていただいた際、ぼくのブログを読んでくださっているという料理人の方からお声をかけていただいた。その方は、もうすぐ奥様と二人だけで小さなお店を始められるということで少しお話を聞くことに。
テナントの今の状態や面積、家賃、想定されている客単価などを伺ったぼくは、「その条件なら原価を思い切って掛けたら良いと思います。そうすることで、上手くいけば予約困難な小さくて強いお店になる可能性もありますね。」と伝えた。
ざっと計算しても、とにかく驚くほど損益分岐点が低いので、やり方次第では “小さくて強い店” にもなり得ると思えた。と言っても、ぼくがそう思った根拠というのが聞いた数字上だけの話で、その方の作られるお料理を食べたこともなければ、どんなサービスをされる方なのかもわからないんだけれど、経歴をお聞きしている限りきっと美味しいものを作られる方だと思うので大丈夫な気がする。

料理屋さんはパン屋さんと違い、お酒も出せて単価が高いということもあるからやり方次第では “小さくて強い店” をつくることも可能なのかもしれない。とはいえ ”小さなお店” である以上、席数といったキャパが限定されるので、長く続けていく上で将来的に売り上げや利益といった面ではそれほど伸び代があるとも思えない。
その中でちゃんと支払いや納税をし、自分や家族、スタッフがちゃんと食べていけるようやりくりができるのなら職人としてはそれが一番幸せなことだと思うし、”やっている人が幸せと思えるお店 = 小さくて強い店” と定義するなら、これも “小さくて強い店” なんだと思う。

ところが現実はそんな単純な話に思えない部分がぼくにはあって、一瞬だけを切り取ればそれも簡単なことに思えるんだけれど(ちゃんと支払いや納税をし、自分や家族、スタッフがちゃんと食べて行けるようやりくりができる)、それを3年、5年、10年といった時間の中で永続的に維持することが可能なのか?といった疑問が生じてくる。
結論から書けば、キャパが小さく売り上げの上限が低い以上、小さなお店を維持継続させるためには、やはり “修業というシステム” が機能しないと基本的には成立しないように思えてならない。 長く続けていくということは、自分だけでなくスタッフも歳を重ねるということでもあるんだから、いつまでも「修業だから・・・」といった事業所側(お店)の都合が通用するとも思えないし、そういった事業所を選択する人だって昔に比べ随分減ったように思う。それに世の中の雰囲気的にもそれを善しとしない方向に向かっているのも間違いない・・・というよりもはっきりと書けば、事業所側が恣意的に使う「修業だから」というものを国が許容しなくなったとも言える。
他の部分に目をやっても、繰り返し書いているように自分の意思ではコントロールできない外的要因(法定福利費の上昇や原材料費高騰、労働人口の減少及び人口減、オーバーストア・・・)も事業所側にとっては年々悪くなる一方という現実もある。そこで、これらのコストが上昇した分、価格に転嫁すれば・・・という話になるんだとは思うけれど、お客様である大半の人の可処分所得は恐らく良くて現状維持、人によっては下がっている方も多いのが現実だと考えると、価格転嫁による値上げが事業所側の理に適った正論であったとしても、スターシェフや有名店でもない限り、それも簡単なことでもないような気がする。

職人視点からの “お店” としてでなく”お店も事業所の一つ” と捉え、それを維持継続していくと考えると、こういったリスクもキャパが小さく売り上げの上限が低い中で吸収していかなければならないことになる。もちろんミニマムでやる以上、少数である故のリスクだってある。だからぼくはどうしても、漠然と “小さくて強い店” というのは、本当にあるのか?と思ってしまう。
ぼくは以前、このブログで「事業をするというのは、下りのエスカレーターを上るようなもの。」と書いたけれど、小さなお店を始めようとされている方の中でそれを本当に認識されている方がどれほどいらっしゃるのだろうと思ってしまうのは、そういった方々の意識の向いている先が ”切り取った瞬間の部分” という印象を受けることが多いからだったりする。

つづく

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。