日比谷で再開します。2.

新宿店の閉店が決まった時、ぼくには選択肢が二つあった。

「移転先を探して再開する。」あるいは「解散して終了する。」

当初、個人的には後者の気持ちの方が強かった。
新宿の店をやった時のことを今振り返ってみても、 “よくもまぁ熟慮もせず、勢いだけであれだけの場所と規模の店をやれたもんだ・・・若いって素晴らしいなぁ” と、まるで他人事のように思えてくる(いや、実際には既におじさんだったんだけれど)。

あれから8年が過ぎ、その間にもぼくらのような仕事を取り巻く環境というのは、厳しく、悪くなった。また、再開するとなれば、移転とはいえ規模が規模だけに相応の投資が改めて必要にもなるし、何よりも普段はついつい忘れがちだけれど、ぼく自身あの頃よりも更に二段階くらいおじさんになったという現実もある。だから新たに大きなことを始めるとなると、自分の残り時間を意識するようにもなる。

それに、熱心に出店の誘いを語ってくださる方々の言葉や新宿店の閉店を惜しんでくださったお客様のありがたい思いや言葉とは裏腹に、当の本人はどう考えていたかといえば、” 次から次へと新しいモノ、新しいお店、新しい才能が現れる東京にあって、今からうち(の店)じゃないよなぁ・・・” というのが偽らざる心境だった。だからぼくは、今回お世話になることになった東宝さんとの話し合いの席でも率直にそのことを話している。

「東京は才能ある人も次から次へと現れるし、正直うち(の店)は、” 今 ” って感じじゃないと思うんです。旬じゃないって言うか・・・」

webサイトやSNSで ”日比谷で再開します” といった告知をした際、多くのお祝いコメントや「いいね !」をいただいてもちろん嬉しかったんだけれど、コメントを読んでいると、その期待、ハードルの高さに不安になる。おまけに、いつからか知らないけれどFBのコメントに「おめでとうございます」と打つと、赤色の太文字に勝手に変換されるという、今のぼくには不安を助長させるだけでしかない余計な仕様にまでなっていたりする。

もしもぼくに才能があり、その自覚があったなら、こういった時には今風に「日比谷では、進化した ” ル・プチメック 2.0 “ をお見せいたします。」と言いたいところだけれど、残念ながらぼくにはそんな才能がない(ぼくにはなくてもうちのスタッフには、きっとある・・・あってほしい・・・あったらいいなぁ・・・)。
だから『日比谷では、” ル・プチメック 0.5 “ にはならないように、いずれ ” ル・プチメック 1.5 くらい” になれるよう頑張ります。』というのが実際のところだったりする。

少しでもハードルが下がるよう願いつつ、書いてみました。

つづく

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日比谷で再開します。1.

 

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。