日比谷で再開します。4.

東京のとても親切な方々から数え切れないほどの物件を紹介していただき、いくつもの内見をさせていただいたけれど、そう簡単にはいかなかった。ぼくは、東京で最初に店をさせていただいた場所がいかに良い場所で、良い条件だったかを痛感することになる。

最初の場所が場所だっただけに、みんなの通勤可能な立地やお客様の利便性を考えると郊外などは難しいし、家賃の問題もあれば、何よりも今回のうちの場合、面積の問題があった。最初にあれだけの規模の店を新宿でさせていただいたということが基準になっちゃったという贅沢な足枷もあるんだけれど、このブログでも以前に書いたように “パン屋の生産性は、厨房面積に比例する。” とぼくは考えるので、近郊に工場や厨房を持たないぼくが、 ” 東京で小さなパン屋をやる ” という選択肢は初めからなかった。

新宿からの移転ということを考えた際、ぼくは “60坪くらい欲しいなぁ” と思った。60坪といえば、畳にして約109畳ほど。東京ドームだと1/250個分という、ますますピンとこないんじゃないかと思う広さなんだけれど、ぼくが手がけてきた店の中では、過去最大の面積になる(レフェクトワールの1.5倍くらい)。
ぼくが 無邪気に“60坪くらい欲しいなぁ” と思うのも言うのも勝手なんだけれど、ここは東京であり、おまけに『郊外はダメ、新宿に代わるだけの場所、吹けば飛ぶようなうちの会社でもパンを売って家賃を支払うことのできる場所』という条件は、ぼく側の事情や理屈がそうだとはいえ、東京の地価を考えると無謀極まりない、我ながら正気の沙汰とは思えない条件だった。

新宿で店を始めて以降、毎年驚くほど多くの出店依頼のお話をいただいていたので、新宿を出ると決まった際には、いくつかの商業施設からお声がけをしていただけるとは予想していたけれど、それでもぼくにはスタッフの問題(前回の話)とは別に、懸念している大きな問題が二つあった。
一つは、必要な面積の問題。そしてもう一つは、ここ数年における商業施設などとの契約種類の潮流が明らかに変わったということ。

未だに誤解されている方が結構いらっしゃるけれど(だから出店誘致の話が多いとも言える)、京都の外れで個人店が少し上手くいったからといって、新宿や渋谷の超一等地であれだけの規模の店を自力だけでやるなんて、限りなく不可能に近い。それでも “吹けば飛ぶような資本しかない” うちが出店できたのは、パートナーであるマルイさんやワールドさんが採算度外視でも呼んでくださったからということに他ならない(だからワールドさんはもちろん、去ることになったマルイさんにもぼくは感謝をしてもしきれない)。

ぼくが東京へやって来た頃というのは、そういった意味で個人にもチャンスや夢のある時代だったんだと思う。もし現在、ぼくと同じように商業施設などと出店の交渉をされている方がいらっしゃったならよくご存知だと思うんだけれど、近年この “個人にもチャンスや夢のある ” という条件は激減したように感じていた。これがぼくの懸念だったんだけれど、時代背景を考えれば致し方ないと思えるし、そもそも大きな厨房を必要とするパン屋を地価の高い東京の一等地へ入れるというのは、ぼくが考えても、誘致する側にとっては経済合理性がないとしか思えなかった。

新宿スタッフと約束した以上、物件探しを諦めるつもりはなかったけれど、今の時代にそこまでして呼んでくださる商業施設があるのか?という不安がぼくの頭をもたげ始めた頃、救いの手を差し伸べてくれる会社が現れた。
ぼくの好きなゴジラの生みの親、東宝さんだった。

つづく

 

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日比谷で再開します。1.
日比谷で再開します。2.
日比谷で再開します。
3.

 

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。