日比谷で再開します。5.

こうして、東宝さんが運営されている商業施設、日比谷シャンテのリニューアルオープンに伴い、この3月からぼくらはお世話になることとなった。
だから最近では、「日比谷、日比谷」と頻繁に口にしたり文字にする機会が増えたんだけれど、ぼく自身はこれまで日比谷とは何の縁もゆかりもない。
そもそもこのお話を最初にいただいた時だって、「日比谷って、どこにあるの?」という何とも間の抜けた質問をするぼくに、「西山さん、”銀座・有楽町・日比谷” と覚えたらいいんですよ。」とスタッフが教えてくれたんだけれど、それを聞いてなお、ぼくはピンとこないくらいだった。

思い返すと新宿が決まった時も「新宿ってどこにあるの?その三丁目には何があるの?」と訊いていたほど現実感が伴わなかったし、昨日この話を元 新宿スタッフとしていたら「そういえば私が面接の時、新宿三丁目にいて、すぐそこに伊勢丹があるのに西山さんは『伊勢丹ってどこにあるの?』って言ってた」と笑われた。
新宿が決まって以降、友人や知人をはじめ、お客様、リーシングの方など多くの方々から東京音痴のぼくが一番よくされた質問というのがある。
「どうして新宿だったの?」「どうしてマルイさんだったの?」というのがそれなんだけれど、その質問はその後、何回も何年も続いたものだから、「どうして・・・」「なんで・・・」とまで聞いただけで『呼んでくださったのが新宿のマルイさんだったから。』と条件反射のように繰り返し答えてきたぼくは、まるでパブロフの犬だった。もちろん渋谷の店も今回の日比谷も「どうして?」と訊ねられたら同様の答えになる。

その立地を選んだ理由を訊かれる際、特に取材などでは本来なら「住み慣れた街だったから」とか「好きな街だから」といったことの方が物語性もあっていいんだろうなぁと思うし、実際にお店をされている人というのは、そういった理由が多いんじゃないかと思う。ところがぼくの場合、これまでにも書いて来たように「そこへ呼んでくださった方、会社があったから」という主体性に欠ける理由にどうしてもなっちゃうんだけれど、こればかりは仕方がない。
そういえば日比谷に決まった時、いつもの屈託ないスタッフからも「日比谷ですか・・・西山さん、日比谷の人はプチメックなんて知らないですよ。プチメック?何それ?パン屋なの?ですよ、きっと。また、一からですよ。」と戒めらしき言葉をかけられた。だから広い東京で店を出す時にはどこであれ、「新参者ですが宜しくお願い致します」という気持ちになる。

 

“東宝さん” といえば日比谷という方もいらっしゃるし、人によってはコナンくんや「君の名は。」だったり、長澤まさみさんをイメージされる方もいらっしゃるだろうけれど、ぼくはやっぱりゴジラを思い浮かべる。「日比谷って、どこにあるの?」と言っているようなぼくも “東宝さん” と聞いた時には「ゴジラ!」と、体温が2℃くらいは上がった気がした。
これまでに東宝さんとは何度も話し合いや打ち合わせをさせていただいたけれど、直近の打ち合わせでは、何と『シン・ゴジラ』のプロデユーサーを務められた方が同席され、その後の会食までご一緒させていただいた。
まだ何も始まってもいないのに、個人的にはもう思い残すことがないような気持ちになってくる・・・
夢中であれこれ質問をし、シン・ゴジラの制作秘話や庵野監督、白組のお話などを聞かせていただいたぼくは、こう切り出してみた。

「店名なんですが・・・『シン・プチメック』ってどうですかね? 」(`・ω・´)キリッ

「そこまで寄せてもらわなくて結構ですよ。」と、あっさり却下。

そんなわけで新宿時代からのお客様、日比谷では ”昔の名前で出ています” (きっと、ぼくより若い世代の人にはわからないなぁ)。

そして日比谷のみなさま、東宝さま、これから宜しくお願い致します。

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日比谷で再開します。1.
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日比谷で再開します。
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日比谷で再開します。4.

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。