とても寂しかったこと。

ずっと、「若い、若い」と言われ続けてきたような気がしていたけれど、そういえば最近、耳にすることがなくなったなぁと思ったら、ぼくもすでに半世紀近くも生きてきたんだということを改めて思い返す。

40代半ばを過ぎて以降、ふとした瞬間に自分の年齢が出てこないことがよくあるのは若いときにはなかった感覚で、それが考えないようにしているからなのか、本当に忘れているからなのかはわからないけれど、年齢とともに忘れていたものの一つに、 ”寂しい” といった感情があったことを思い出した。
こちらは年齢以上にすっかり忘れていたけれど、これは個人差もあるだろうし、ぼくの場合、もともと出不精であるとか、それほど社交的ではないといった性分による友達の少なさから来ている気がしないでもない。

そんなぼくでも無意識のうちに、気づけば “寂しい” という感情に直面していることが稀にある。
やはりそれは、知っている方や好きな方、近しい方とお別れをしなければならないといったときなんだけれど、またそれが自分と近い年齢の方やもっと若い方だったり、予兆もなく突然だった場合には特に応える。

最近では、本当に多くの方から愛された俳優の大杉漣さんが急逝され、やり切れない気持ちになったばかりだった。
ぼくはお会いしたことはなかったけれど、大杉さんはパンが大好きな方だったそうで、新宿の店にもよくお越しいただいていたという話をスタッフから聞いていた。
トレイに載り切らないほどのパンを載せられ、それを置いてまた別のトレイを手に選ばれているときに、大杉さんの置かれたパンを別のお客様が取ろうとされたことがあったそうで、それを目にされた大杉さんが「あぁーそれ、ぼくのだから。まだ選んでいるから。」と仰っていたという微笑ましい話も聞かせてもらったことがあった。
また、新宿の店が閉店すると決まったときには、スタッフに「大丈夫? 次、働くお店は決まってる? もしよかったらぼくが紹介しようか?」とまでお気遣いをしてくださったという、ドラマやバラエティ番組などから受ける印象そのままの、とても優しい方だった。

 
つい先日には、ぼくが大変お世話になった身近な方の訃報にふれた。
年齢もぼくとほとんど変わらない上に、余りにも突然のことだったためまったく現実感も伴わず、未だに信じられずにいる。

その方はちょうど一年前、ぼくにとっては恐らく最初で最後になるであろう著書を世に出してくださった方だった。
一冊の本とはいえ、毎回野外でロケをするといった大掛かりな内容だったため、書籍化されるまでには三年以上の時間を要した。その間、撮影が決まればダンボールの屋台を車に載せ、西へ東へと運んでくださり、決して容易ではない組み立てや撤収を誰よりも率先してやってくださる方だった。編集者というお仕事柄、ご本人は表舞台に出てこられることはなかったけれど、裏方としてずっと奔走してくださった。
また、ぼくがアイデアに行き詰まり、”さすがにこの組み合わせはいかがなものか” と、自分でも思うようなものをつくったときでも、いつも試食の際にはおもしろがって、「すごい!、すごい!」「美味しい!、美味しい!」と言ってくださるようなとても優しい方だった。

“人生100年時代” とも言われる現在にあって、まだ半分を少し折り返しただけのこんなにも優しい人たちが亡くなる世の中や運命というのは、ぼくには不条理にしか思えないけれど、それが現実なんだと思うとどれだけ辛くても悲しくても受け入れるしかなくて、だからこそ、どうしようもないほど寂しい気持ちになる。

「いつか、”空想サンドウィッチュリー” の続編をつくりましょう!」と約束していたのに・・・
池田さんとぼくだけじゃ絶対につくれないですよ、慶徳さん。

それに、大杉さん、慶徳さんにも新しい店を見て欲しかったなぁと思わずにはいられません。

訃報を受けた際、ぼくは「えっ?慶徳さんって・・・どの慶徳さん?えっ!あの慶徳さんなの!?」と言っていたものの、「どの」も「あの」も、ぼくの友人、知人の中に “慶徳さん” という方は彼しかいない。それほど、起きた現実にまったく理解が追いつかない状態だった。
それでも、「倒れる直前までとても元気で、 “慶徳さんが家族の夕食を作ってあげられていた” そうです。」と聞いたときには、”優しい慶徳さんらしいなぁ” と、その部分だけは実感がわいた。

慶徳さん、いつか、ぼくと池田さんがそっちに行った時には、また3人で集まって ”空想サンドウィッチュリー” の続編をやりましょう。

慶徳 康雄さん、今まで本当にありがとうございました。

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。