コーヒーのこと。3.

ぼくは、大人になった今でもコーヒーをブラックで飲むことがまずない。フレッシュを必ずというほど入れるし、なければ牛乳を入れる。

何でも大人ぶりたかった10代の頃は、無理をしてでもブラックで飲もうと何度か試みてはみたけれど、早々に諦めた。
その後も大人になれば味覚も変わるだろうと、20代、30代、40代と10年ごとに一度や二度はブラックで飲もうとしたけれど、一口飲んでは結局ミルクを入れた。一緒にいる人みんながブラックで飲んでいたり、喫茶店のご主人がカウンター越しの時なんかには、”あぁ、もったいない。こいつ、コーヒーをわかってねーな” と思われているんだろうなぁ。と妙な罪悪感や劣等感に苛まれながらミルクに手を伸ばす。ちなみに砂糖は入れない。

親戚が喫茶店をやっていたので小学生の時の夏休みなどには、アルバイトとは呼べない程度の小遣い稼ぎで手伝いをしていたことがあった。
”仕事は気楽そうだし、それにお店の中は毎日何て良い匂いなんだ。ぼくも将来、喫茶店をやりたい。” と子供心に思ったと同時に、その時以来ずっとコーヒーに対し思い続けてきたことがある。
”コーヒーって、香りほど美味しいものじゃないなぁ” というのがそれなんだけれど、これはぼくにとってのブラックのことで、もちろん主観でしかない。
食べものの場合だと特に温かい状態のものは良い香りがして、そして食べると香りと同等かそれ以上に味を明確に感じることが多いんだけれど、 ”香りの時点でこれほどまで期待値を上げたら後が大変なんじゃないの?” と思わずにいられないのが、ぼくにとってのコーヒーだった。

余談になるけれど、以前、新宿スタッフ(今の日比谷スタッフ)のみんなと渋谷にあるフランス料理の名店 ラ・ブランシュさんへ行った際、ぼくはその美味しさに驚愕した。
盛り付けはシンプルで、どちらかといえばクラシックな印象なんだけれど、前菜から主菜はもちろん、冷製であるデザートに至るまでどのお皿もとにかく表現し難いほど香り高く、お皿に顔をまったく近づけなくても十分過ぎるほど香り立つその料理やデザートは、料理人経験のあるぼくにとってはどれほど綺麗に盛り付けられた料理よりも、まるで手品のように思えた。そして一口食べれば、 ”香りの時点でこれほどまで上げた期待値” を凌駕する味に自然と笑みが浮かぶ。

ぼくは決してグルメじゃないし、そういった経験値もプロとしては少ない方だと思うんだけれど、それでも仕事柄フランスの三ッ星にも何度か行ったこともあれば、日本で美味しいとされているお店へ行くこともある。その中には美味しい、香りが良いと思うお店もあれば、一口食べて笑みが浮かぶようなお店もあるけれど、ラ・ブランシュさんのように仰け反るほどの香りの良さ(強さ)を経験したことは、これまでの記憶にない。
その香りの良さを例え伝えるのは難しいし単純に比較はできないけれど、それが「どれくらい?」と訊かれたなら、今なら「目の前で多めのコーヒー豆をミルで挽いている時の香りくらい。」と話す気がする。

つづく

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。