Twitterのこと。2.

SNSを ”つながり” という平易な言葉で表現して、ここまで定着させた人というのは本当にお見事だなぁと思う。
その業界の人間でない、いわゆる平凡な一般ユーザーであるぼくの曖昧な記憶だけれど、日本においてSNSが流行り始めた時というのは、SNSという言葉よりもこの ”つながり” という言葉の方が先行し広く使われていたような憶えがある。それがミクシイだったのか、ツイッターの方が先だったのかは記憶が定かじゃないんだけれど、個人的にはツイッターを始めた時にそれを実感するような気がした。

「なるほど、これが ”つながる” ってことか。スゲー!ツイッター、おもしろい!」って。

今ではSNSでいう ”友達” も ”つながり” も個人的には違和感を覚えるようになったけれど、ぼくの知る限りまだ始めたばかりの頃のツイッターは平和だった。少なくともぼくの決して広くないTLの世界はそうだった。

当初から今でいうインフルエンサーのような人や ”この人、賢いなぁ” と思う人、著名人もフォローはしていたけれど、こういった人たちのツイートというのは、自分が絡むものではなく ”見るためだけのもの” で、ぼくが実際にリプライを送ったりと言葉のキャッチボールをするのは身近な人たちばかりだった。
またそこでのやり取りの大半は取り留めのないバカ話で、たまに友人が良いことやおもしろいことを書けば、 ”おー!良いことを書いてる(あるいはおもしろい)、これはRTしなきゃ” といった程度だった。
こういった無邪気で平和なツイッター生活を満喫していたある日、何気なくした仕事にまつわるツイートに対し、この時点ではまだお会いしたことのなかった同業の方からのツッコミが不意に入りとても緊張したのを憶えている。
決して揉めたといった話じゃないけれど、この時にぼくは、 ”ここは、そういった場所なんだ” と認識をするようになった。

ぼくらが平和なバカ話をしていた頃、あるいはぼくに認識がなかっただけでそれ以前から、知らない他所のTLではdisったりdisられたりと罵詈雑言の応酬が行われていたんだろうと思う。
そして、そういったことが否が応でも目に入るようになったのが、東日本大震災が起きた頃だった気がする。

未曾有の大災害となったあの日、既存の電話回線やメールが使えなくなる中で、ツイッターは落ちずにライフラインとしての機能を果たし賞賛された。
一方で、あれだけの状況だっただけにその後もTLには毎日緊張感のあるツイートがたくさん流れ、あちらこちらでdisり合い、揉めている内容が頻繁にぼくのTLにも回ってくるようになった。
一時期、何かと言えば「ソースは何?」「ソースを出せよ。」といった、まるで厨房での会話のようなツイートが席巻したのもこの頃だったと思う。

つづく

 

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Twitterのこと。1.

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西山 逸成

代表取締役製造補助

Le PetitmecとRéfectoireの隊長をやっています。